金剛寺のポリシー。

2018-07-08

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

テレビにて西日本を中心に大雨によるの被害の爪痕の凄まじさに、ただただ祈るばかりです。そして自分の絶望的な無力感にかられます。

振り返れば日本は常に災害と隣り合わせです。自分は何が出来るのか。常に付きまとう問いです。このことは常に心掛けなければいけないと思っております。

これといったとりえもありません。そんな中で日々行者として生かされている自分です。困っている人に向き合うという事を忘れてしまったら、自分の存在意義を問われます。無力である自分が多くの人と関わる事で大きな力が生まれて生かされてくるのだと思います。

その根源には「無心」という心が必要だと思います。心が無いという事ではありません。一生懸命走り続けるという事です。

金剛寺の存在もまた同じです。

いくら着飾ったり取り繕ったりしても心の奥底に「利」を求める気持ちがあれば、どこかで透けて見えてしまいます。しても・されても「モヤモヤ」しか残りません。

人は本当に一大事の時、言葉ではなくシグナルをどこかで出しています。それを感じとる事出来るかどうか。この事を家族一同とてもとても大切にしています。

言葉に表すのはとても難しいのですが、それが金剛寺の「ポリシー」なのだと思います。

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